同じ会社で定年まで勤め上げるという、日本の高度経済成長期に広がった文化や価値観に変化が生まれ、最近ではキャリアアップやライフサイクルに合わせて転職するという決断を下す方も多くなってきました。そのような意思決定をされる方の中に、所属してきた企業でどのようなことにコミットしてきたのか、なぜ転職を決意したのかをブログやSNSに綴り、公開する方も出てきています。いわゆる「退職エントリ」と呼ばれるものですが、企業側にとってはリスクも潜んでいます。
今回は、退職エントリとはどのようなものか、企業側にとってどのようなリスクがあるのかを紹介していきます。
退職エントリとは?
「退職エントリ」とは、ブログやSNSなどで退職時に転職理由や所属企業で取り組んできたことを綴る投稿のことをいいます。ブログなどの投稿記事を「エントリー」や「エントリ」と呼ぶところが語源となって、2000年代ごろから、「退職エントリ」はインターネット上に出現しました。
個人のブログや、はてなブログなどのブログサイトでの投稿が多く、2010年代にはTwitterやFacebookなどのSNSで綴るケースやSNSの投稿で退職エントリを紹介するケースが見られます。主にIT企業に所属するエンジニア人材やベンチャー企業で活躍する人材を中心に退職エントリの文化が広まっています。
なぜ退職者は退職エントリを書くのか
退職エントリを書く理由としては主に2つが想定されます。
一つ目は、自分自身のキャリアを振り返り、お世話になった方々や会社への感謝の気持ちを伝えるためです。昨今では、社内はもちろん、パートナー企業を含む取引先企業の方とSNSなどでつながっているケースもあり、SNSを通じて、想いを伝えたいという方もたくさんいらっしゃるはずです。また、場合によっては新しいキャリアでご一緒できる可能性がある方に、進路を示すことで、ビジネスの可能性を広げたいという想いもあるかと思います。
二つ目は、自分自身の取り組んできた実績やスキルを記録に残すという意味です。どのようなプロジェクトに携わってきたのか、企業のどのようなフェーズで何を学んできたのか、そしてそれらを生かして、これから何をやっていくのかを、想いのこもった職務経歴書のように自身の記録として、残しておくケースです。
退職エントリが企業にもたらすリスク
デジタル化などの変化の激しい現代社会において、日本企業がグローバルで勝ち残っていくためには、人材の流動化は必要な動きであり、個人としても所属企業での賃金アップやスキルアップが見込めないと判断しうる場合は、転職が選択肢になります。そのような環境下において、今後も退職エントリの数は増加しうることが想定されます。
所属していた(旅立つ仲間を見送る)企業にとって、退職エントリはどのようなものなのでしょうか。まず、退職する個人が企業で歩んできた歴史は、企業の歴史でもあります。取り組みが言語化され、デジタル空間に放たれることは、外部からの企業理解に繋がる可能性もあります。どのような苦しみ、悩みのもとでサービスが生み出されてきたのか。そこに携わった従業員それぞれがどのような想いを持っていたのか。このようなプロセスは外部に語られることは少なく、ファンの形成に一役を買う可能性が考えられます。
一方で、企業が懸念すべきことはないのでしょうか。実は3つの観点で、企業は確認をしなければなりません。
レピュテーションリスク
1つ目は、退職理由に組織の問題やビズネス構造上のネガティブなポイントが挙げられるというリスクです。実際に、退職理由で企業のトップダウンの文化を暗に示した退職エントリが多くのアクセスを集めたケースもあります。そのような退職エントリが、その会社名や業種で検索した際に検索エンジンの1ページ目に表示される場合、求職者が退職エントリを閲覧し、後ろ向きな退職理由から、応募を取りやめるといった事態も想定されます。
情報漏えいリスク
2つ目は、企業の情報管理という観点です。
投稿者に悪気はなくとも、取り組んでいた業務の情報や退職理由に機密情報が記載されたり、重要情報に繋がりうるヒントが隠されている可能性があります。どのような企業と懇意にしているか、どのようなミッションが従業員に与えられているか、また退職理由に経営方針が変わったなどの記載があると、様々な憶測を呼びます。過去には、IPOや資金調達について触れられている退職エントリが投稿されたという話を聞いたこともあります。
炎上リスク
最後には、退職エントリによるレピュテーション低下や情報漏えいを起因としたものも含めた、炎上リスクです。実際に退職エントリがきっかけで炎上した事例を紹介します。
<事例>
IT企業を退職したエンジニアが「退職エントリ」を投稿したところ、同じIT企業に現在も勤務している人物が反論を行い、その反論内容に批判が殺到し、IT企業側が炎上しました。
退職者側の投稿では、「エンジニアが社内のチャットツールを活用して積極的に議論しているのに、上層部は気づいてくれない」と綴っているのに対し、現役の勤務者は「エンジニアは社内のチャットでいつも雑談していて、遊んでいるように見える。ただ、自分は社内のチャットは使い方がよくわからない」と投稿。「エンジニアの退職者側の問題意識をくみ取れない一般社員がいる会社なのか」と批判が殺到しました。
このように、退職理由となった企業が抱える問題に対して、同情や共感の声が集まることがあります。それに対して企業(もしくは在職中の従業員)がむやみに反論をしてしまうと、さらなる批判が集まるリスクが見えてきました。
退職エントリに絡んだリスクに企業が今からできること
退職エントリは、所属企業で歩んだ個人の歴史です。その中の出来事には、個人にとっても企業にとっても、良い出来事、悪い出来事があることは、事実です。そして、その出来事は、立場や人によって、捉え方が変わりうることを、私たちは理解しなければなりません。もしかすると、ライバル企業にとっては非常に重要な情報になるかもしれず、パートナー企業からは情報漏えいと批判されるかもしれません。内定受諾を悩んでいる学生にとっては、想像とギャップのある情報になるかもしれません。
そのようなリスクを理解した上で、企業や退職者は退職エントリと向き合う必要があります。企業がリスクマネジメントとして出来ることには、どのようなものがあるのでしょうか。
従業員の退職前のポイント
- 社員が抱える課題や問題に向き合いケアを実施
- 情報管理などのコンプライアンス遵守のための活動の実施
- 営業情報などは退職時に誓約書等で秘密保持契約を締結(重要情報の漏えい防止)
退職エントリが書かれたときのポイント
- 退職エントリに対して感情のままで反対意見・記事を書かない
- 指摘された問題を真摯に受け止め、改善や対策を検討し、その行動に関する情報発信を行う
今回紹介したように、退職エントリには企業視点で様々なリスクが存在します。しかし、その文化自体が悪いものではありません。むしろ、退職エントリは退職者の本音が聞ける場所でもあり、リアルな企業の姿からファンが育成される可能性もあります。だからこそ、退職エントリの投稿自体を禁止したり、投稿内容をマイナスに受け止めるのではなく、リスクへの配慮を行いつつ会社をより良くするためのきっかけにしましょう。
デジタルリスクラボ編集部
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